――優しい男の恋が、ちゃんと恋だった理由
失恋したあと、ふとした瞬間に浮かぶ問いがある。
夜、風呂に入っているとき。
コンビニで缶ビールを選んでいるとき。
スマホを置いたあと、天井を見ているとき。
「あの関係、なんやったんやろ」
今日も、私の友人がそんなことを口にした。
前回書いた通り、彼の恋はもう終わっている。
戻る場所はないし、やり直しもない。
それでも、この問いだけは、何度も頭をもたげるらしい。
SEXの相性が良かった。
一緒にいて居心地も良かった。
「このまま続いたらええな」と、本気で思っていた。
どれか一つでも嘘なら、まだ割り切れたかもしれない。
でも全部、本当だった。
だからこそ、終わった今、疑いたくなる。
――あれは恋やったんか?
――都合のええ関係やっただけちゃうんか?
私は思う。
その問いが出てくる時点で、もう答えは出ている。
「十分、恋やった」と言い切ってええ理由
世の中には、
・未来の約束がある恋
・公にできる恋
・周囲に祝福される恋
そういう分かりやすい恋がある。
でも、大人の恋はもっと曖昧で、もっと静かや。
連絡頻度もほどほど。
会えない理由も分かっている。
深入りしたら壊れることも、どこかで分かっている。
それでも、
「今日は会えてよかった」
「この時間がなくなったら寂しい」
そう思ってしまう。
それはもう、立派な恋や。
ゴールが同じじゃなかっただけで、
気持ちまで否定する必要はない。
私の友人の恋のゴールは、
「この関係が続いたらええな」やった。
彼女の人生のゴールは、
「もう一度、ちゃんとしたパートナーを得る」やった。
この二つが、途中でズレただけや。
誰かが裏切ったわけでも、
誰かが嘘をついていたわけでもない。
ただ、進みたい方向が違った。
それだけの話や。
優しい男ほど「自分が足りなかった」と思ってしまう
失恋したあと、
優しい男はたいていこう考える。
・ワシが既婚者やったからやろか
・もっと何かできたんちゃうか
・彼女にとって、ワシは何やったんやろ
でもな、
足りなかったから終わった恋と
役割を終えたから終わった恋は、まったく別もんや。
彼女は、今の彼氏と未来を作るために、
過去を整理する必要があった。
その整理の中に、
私の友人との関係が含まれただけや。
これは、評価やない。
選択や。
回復のサインは「怒り」か「どうでもよさ」
今はまだ辛い。
SNSを見ては、胸がざわつく。
ふと名前を思い出してしまう。
でも、回復はちゃんと段階を踏んでくる。
最初に来る可能性があるのが、怒り。
「なんやねんアイツ」
「都合ええとこだけ持っていきやがって」
これは悪い状態やない。
むしろ、自分を守り始めた証拠や。
次に来るのが、どうでもよさ。
「あ、今日は思い出さんかったな」
「今、名前出ても何も感じひんな」
この瞬間が来たら、ほぼ勝ちや。
完全に忘れる必要なんかない。
思い出しても、痛くない。
それで十分や。
立ち直るために、いちばん大事な途中段階
その途中段階として、
今日みたいにやることは、実はもう決まっている。
・言語化する
・書く
・誰かに話す
頭の中でぐるぐるさせたままにせんこと。
感情はな、
外に出して初めて整理される。
ブログに書くのは、
自分を切り売りすることやない。
自分を回収する作業や。
最後に
優しい男の失恋は、
派手な終わり方をせえへん。
さよならも言わず、
相手を責めもせず、
静かに身を引く。
それは弱さやない。
選んだ強さや。
この恋があったから、
私の友人はまた、
誰かをちゃんと大事にできる。
今日はそれで十分や。

